現役女子大生 白石マーサが斬る!

ハイボールが好きです。ご連絡等は shiraishimaasa@gmail.com まで。

サッカー嫌いの私が日本VSポーランド戦を許せない理由は○○○だから

どちらかというと私は、

「ワールドカップになると騒ぎ出すサポーターどっから湧いてんの〜?いい加減にして欲しいんだけど〜」派である。

ごめん、うそついた。

どちらかとじゃない、ハッキリそうだ。

友人にも知り合いにもサッカー好きは幾人もいて、この時期盛り上がっている人も多いので少々発言が憚られるのだが、ここは私の言いたいことを言う場所なのでハッキリ言わせてもらう。嫌いだ。

というか、どうもイライラしてしまうのだ。別に人格否定じゃなく、なんか流れる雰囲気にヤられてしまうのだ。

これは私の問題だから、もしこれを読んでいるあなたがサッカーファンでも気にいないでいてほしい。

学生の頃、体育の授業ではできるだけ長袖を着込むことでしょうもない対抗心を表現したつもりになりながら体育館の隅っこの方で三角座りを決め込み友人と映画や音楽の話をしていたような人間なんだ、私は。そういう人種なんだと割り切って頂きたい。

 

さて、ここまで本題に入るのを先延ばしにしていたのにも関わらず、本題のサッカーに行く前にもうひとつ、ある話を聞いてもらいたい。ただしこれは、たいていの人には関係のある話だ。

 

最近巷では、日本という国の悲惨なありさまを嘆く声がよく話題になる。

「日本にはイノベーションが足りない」

「遅れている」

「前例主義すぎる」

「チャレンジした結果の失敗を許さず、リスクを犯さないことを良しとする」

古い体制、考え方への批判、、、etc。

 

ふむふむ、なるほど。

確かに、日本には思い切って新しいことをするというのが苦手なようだし、近代的な西洋文化を良しとするなら、遅れているのかもしれない。前例がないからこそやるんだろ!?というようなことも手を出さないし、古い体制・考え方への愚痴は至る所で聞く。

 

そして、挑戦した勇気ではなく、間違えなかったこと、失敗しなかったことを目指そうという考え方も存在している。

 

よくある話では、夢ある青年が、「お前にはそんな能力も才能もないのだから、この辺にしておきなさい」と大人に将来を決められる、「お前は馬鹿なんだからこの学校は無理だよ、こっちにしなさい」と言われる。

 

こういう話を聞いてどう思うだろうか。

子どもを思う親なら、現実を見せないと。当然だ。と思うだろうか。

近頃では、それはよろしくないんじゃないか?と思いがよぎる人も少なくないはずだ。

ちなみに、私は、先に述べたような、「イノベーション」「先新的」「前例をぶち壊す」「チャレンジし続ける」「新しいムーブメント」そういったものに関わった著名な人物で

「昔、親や教師に、お前には無理だからこの辺に落ち着きなさいって言われたんだ。だからその通りにしたよ。で、今もそうしてる。そしたら、イノベーションできたし、こんなすごいことを成し遂げられたんだ」なんて言っている人を見たためしがない。

 

さて、サッカーだ。やっとだ。

 

「お前はこの辺の能力しかなくて、このままでは受からないから、この下のレベルの学校にして受かることだけを目指しなさい。お前には無理だよ」と、先のサッカーの試合、一体何が違うのだろうか。

要するに、あの判断は、ここで時間を稼がないとボールを取られ更に追い打ちをかけられるだけの力しか自分たちにはないのだと、世界にもそして自分たち自身にも見せつけたことになるわけだ。

そんな自己認識の状態で、更に待ち受ける厳しい戦いを勝ち抜いて行けるわけないだろう。そもそも例えば優勝するとかそういう目標ではないのだろうか、と思わざるを得なかったわけである。

 

プロには、様々な要素がある。

結果を出すのもプロだし、人々に何かしらの影響を与えるのもプロだ。

サッカーは特に両立しているものだ。

ということは、決勝トーナメントに勝ち進んだという点においては、結果を出すというプロの仕事をしたわけだ。

しかし、後者の要素はどうなる?

人々に影響を与えたり、楽しませたり、感動させたり、そういったものは切っても切り離せない要素だ。

現に、特番なんかでも「あの感動を」とかいって盛り上がってるわけだ。そしてそれがサッカーというものの宣伝にもなってるわけだ。

テレビで見ている人はまだいい。

あの会場に、決して安くないチケット代を払い、時間と労力を費やして見に行った人達はどうなる?結果で一喜一憂したければ、テレビで事足りる。それではない何か、白熱した臨場感だったり、予想を超える展開を目のあたりにしたいとか、そういうものを味わいたくて行っているわけだ。そして、それを望んでいたあの会場の人々が、あれだけブーイングしたのだ。不満だから。それを裏切ったことになるわけだ、プロが。"日本代表"が。

そして、勝負を行く末を他者に預けたのだ。プロが。"日本代表"が。

 

しかし、選手陣や監督は、そういうことを自覚しているはずだ。していないとヤバい。

 

何が腹立つかというと、

あのありさまを「まぁ良し」としようとしたヤツらだ。

結果を出す為には仕方なかった、良い作戦だった。「面白くはなかったけど、まぁ勝ち進めてよかったかな」

これは、逆を返せば、結果を出せるならプロセスはどうだっていいってことにもなりかねない。

少々飛躍するが、てことは、会社の利益を出すためなら死人が出ても構わない、法案を通すためなら正当な手順を踏まなくてもいい、この方法は仕方ないのだというようなことと同じような状態を引き起こす。直接、良しとしなくても、こういうものを「まぁしょうがないっか」と甘く見逃す人間が多い限り、裏をかいてヤバいことっていうのは引き起こされる。現に、そんな状態に溢れた日本社会なわけである。

 

何が嫌いって、

「まぁ面白くはなかったけど勝ってよかった」「まぁ勝つためだから仕方ないよね」「何が悪いんだ」そういう方向に行ってしまうことに対して危機感を覚えないからだ。

なぜ、少しでも不満や疑問を抱いたにも関わらず声をあげない?中途半端ないい人ぶった発言なんかやめちまえ。そういうのが世界を狂わす。