現役女子大生 白石マーサが斬る!

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日馬富士、貴ノ岩、暴行事件。手段としての暴力と弱さ、そして正義。

 

暴力はいけない事だという社会通念がある。暴力はいかなる理由でも許されず、社会から排除されるべきで、衝動は抑圧しなければならない。何故なら私たちは文明人であり、理性的で、暴力などで物事を解決するのはいけない、という事らしい。

片やテレビでは、アンパンチが繰り出されている。アンパンマンにパンチされたバイキンマンは、バイバイキーンと空彼方へ飛んでいく。町の住人たちは「ありがとう、アンパンマン!」と彼を讃え、エンディング。子どもたちはキャッキャと喜び、母親は夕飯支度の間、子どもが大人しくしていてくれる無難な番組という事で流している。

世の中の勧善懲悪モノも、大概の結果はアクションシーンという名の暴力で決着を付けている。となると、暴力反対のこのご時世、正義のヒーローをやっていくのも大変だな、と思ったりもする。あぁ、だからこの世界では居ないのか。

 

しかし、こうして見てみると、人はどうやら暴力が好きみたいだ。幼少期からの英才教育すらされていた。漫画、アニメ、映画、文学、スポーツ…etc。私たちは暴力を消費し、楽しんでいる。生命の営みであるセックスの描写には容易にレーティング(年齢制限)がかけられているのにも関わらず、ある種の暴力は、ちびっ子ゴールデンタイムに白昼堂々全国地上波でオンエアされている訳である。

(しかしここで注意しておきたいのは、だからと言って、これらを規制すべきだとかいうナンセンスな話をしたい訳ではないという事だ。むしろ逆だ。「いいぞ、もっとだ、もっとやれ」である。表現というのは人を救う程の素晴らしい物でもあるかもしれないが、もっと汚くもっと醜く、目を塞ぎたくなるような要素も孕んでいるのは間違いない。だからこそ揺らぶられる。表現が過激過ぎる?当たり前だろ。だからこそ表現であり、それでなきゃ表現する意味が無い。そういうものに感化されてヤってしまう奴は何を見てもヤってしまうのだ。) 

 

私たちは野蛮人ではないから、文明的で理性的でなければいけないという。しかしその文明も、自然や他民族への暴力を経て生み出されて来た。近代化の象徴である明治維新を初め、歴史や政治というのもまた暴力の繰り返しで成り立ってきている。野蛮的でない私たちは野蛮な私たちによって成り立たされている。

また理性的であるという事は、即ち合理的であるという事だか、裏を返せば、合理的であれば許されるという事でもある。この価値観に慢心し過ぎている状態というのは、ある種の危険を孕んではいやしないか。

私たちは、自分の都合の良い暴力を許し、利用して、都合の悪い暴力を排除しているに過ぎない。

 

恐らく、今回の日馬富士貴ノ岩の事件にも、各々の都合というものがあるに違いない。すぐに病院に行かなかった貴ノ岩にも、何か疑いを掛けたくなるような都合があるに違いないし、白鵬までもがハッキリと供述している日馬富士のほうにも都合があるに違いない。

気をつけなければならないのは、暴力や弱さというのは一見、物事の結果であるように思われがちだが、しばしば手段としても使われる。そして、それらを守る優しさや、擁護や、正義も、その人の中で巻き起こった思念の結果ではなく、自らを望む地位や立場や、手に入れたいモノを得るための手段として使われる事があるということだ。

今回の事件が、単に、飲みの席での上司と若い奴の喧嘩、で済まされず、人々の気にかけられているのは、そういった心当たりに気づいているからに他ならない。

 

また、スポーツ(特に格闘系)の選手の暴行事件や、暴行事件はアニメ・漫画・映画・文学との関係性があるとの議論を見るといつも、その"枠"についてとても興味深く思う。格闘のプロが一般人を殴ったというと、それはちょっとハンデもない事ですし、御手柔らかにしてやれよ、と言いたくもなるが、今回の場合は格闘家同士の問題である。私たちは、ある形式の中での暴力は安心してハラハラドキドキできるようだ。しかし、その外にある暴力は忌み嫌う。形式という枠をはみ出た暴力は、途端に生々しくて見てらんないということらしい。恐らく、枠をはみ出した途端、こっちにも降りかかる身の危険性を感じてしまうのであろう。ホラー映画を見ていて、画面からお化けが飛び出してきたらどうしようというような焦りなのかもしれない。

相撲はただの暴力じゃない、という言い分もあるかもしれない。私は相撲について詳しい訳では無いが、もし相撲が今でも神聖な儀式性を伴うとして、では果たして何故先人たちはその神聖なモノを暴力的な所作に落とし込んだのだろう。

 

そういう事を考えず、様々なモノが複雑に絡み合っているにも関わらず、全てをひっくるめて、暴力発見!悪だ!叩きのめせ!となってしまうのは、ちょっとおかしな事になってしまうんじゃないか、という懸念しか感じないわけである。

 

 

 

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