現役女子大生 白石マーサが斬る!

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官僚?マスコミ?今の日本のホントの黒幕

 

勧善懲悪モノの映画にはお決まりのパターンというものがある。 

まず分かりやすいのが、善に価する主人公が悪である敵をとっ捕まえ、やっつけて、民衆のヒーローになる、というものだ。実にわかりやすい。観る人はそんな分かりやすい世界の前提によって、安心してハラハラドキドキ出来るわけである。

この時の敵というのは、大抵如何にも"悪"という顔をしている。悪であるのが誇らしいかのように悪行を世の中に見せつけ、悪人顔をし、悪を想起させるようなコスチュームを身に纏い、悪の演説をする。この徹底ぶりに観客の方も思わず応援したくなってしまったりする。悪い事も、「俺は悪人だー!」と突き通されてしまうと、次第に好感すら持ててしまうのだ。自分の信念を貫き、それに関しては他人にも自分にもウソはつかず、正々堂々としていて、ヒーローにボコボコにされても立ち上がる。その姿はヒーローにある格好良さと似た所を感じるわけである。

するとどうだろう。話の本質は、相反する2つの価値観の対立となる。物語の決着は大抵、世の中の気分や通説的な正しさや作り手の世界への見方などが決定するわけだが、両者の態度は同じようにブレないので、ちゃんと2つの意見の本質的な闘いとなるのだ。

 

しかし、厄介なパターンというものもある。

この場合の敵も最初は一見如何にも"悪"という顔をしているし、やはり民衆からは目に付くキャラクターである。しかし、サポート役として相棒と呼ぶには上下関係が著しい下僕みたいなキャラクターがいる。一見人が良く、故にボスである悪者にこき使われている。

物語が進むと、然るべきタイミングで事件が起こる。その犯人は悪人顔をしているあの悪者で、ヒーローはそいつの悪行を止めるべく戦いに出る。例のごとくヒーローは悪者を仕留め、民衆はこれで平和で生きやすい世界になるのだと歓喜する。

しかし、エンドロール直前、観客である我々は驚愕の事実を知らされる。また同じような事件が起ころうとしている。悪者を倒したのになぜ?なんと、真の黒幕はあの人の良さそうな下っ端キャラだったのだ!いつもペコペコしていたはずのあのキャラクターと、スクリーンを見ている私たちは目が合う。人が良さそうだったあの笑顔から一変、ニヤリと意味ありげに笑うと画面に文字が出る。「to be continued」

 

ここで観ている方としては「胸熱ーーー!」となるわけだが、頭の良いヒーローなら勘づいていたとしても、歓喜だけして後はお任せ状態の民衆はその後深く考えるわけもなく、またディザスターに巻き込まれるわけである。そしてまた問題が起こっても、目立つし叩きたくなる表面上の悪者役のキャラクターを見つけ出し、叩き、いなくなってまた喜ぶ。しかし真の悪玉の存在には気づいていないから to be continued。

 

今、日本では、このto be continued状態に陥っているのではないだろうか。そう考えると、私のこれまでの疑問の解決の糸口が見えるような気がするのだ。

自民党から民主党にかわりまた自民党になりそれもダメかもしれない、となっている今、同じ事の繰り返しなのではないかと不安になる今、もう少し一歩新しい視点を取り入れるべきなのだ。

最近聞かれる話やニュースは、政治的思想だったりの意味のぶつかり合いというのではない印象を受ける。

政治家は良くも悪くも目立つし、なんかみんな意地悪そうに見えるし、ウソつきで不祥事だらけで、というイメージがあるから叩いて潰れたら喜んでしまいがちだが、それを見えない所でしめしめと思っている存在は本当にいないのだろうか。官僚とかマスコミとか、そういった人らの動きを私を含めた民衆は本当に知っているだろうか。

 

授業で佐藤優の『官僚階級論』の一部分を読んだ。そこには「官僚は、みずからの延命のために国民から税を徴収する階級である。(中略)どんな職種の官僚であれ、官僚は自分の業務が、国民にとって不可欠であり、もっと大きな資源配分(税の徴収と投入)を受けるべきだと考えている。職種は違っても、自身の業務を正当化する理屈の根幹にあるのが「公のため」「国益のため」であることに変わりはない。」と書いてあった。そして、官僚の習性そのものが悪いというのではない、とした上で、「究極には、官僚にとってみずからの延命が図れるのであれば、国家の理念または国民の生命や安全などの二の次のことである。」と続けている。

これに対して、私たちは真っ向から否定出来るだろうか。税金が取られることを嘆き、増税を不当だと反対する声が多く聞かれるその声自体が、全てを語っているのではないか。目に、鼻に付く"悪"をおもしろおかしく叩くのは本当に私たちの批判的思考から出てきたものなのだろうか。

 

まず我々は、ニヤリと笑って見せているその存在がないか疑い、気づくことが大切なのではないだろうか。そう思わずにはいられないのである。

 

 

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