現役女子大生 白石マーサが斬る!

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優しくない人

 

日本が世界に誇る(らしい)大映画監督、小津安二郎の名作『東京物語』のクライマックスで、紀子というキャラクターが涙を流す。

「私は皆さんが思ってらっしゃるほど優しい人間じゃないですわ」「私、ずるいんです」

それを見た私は、すぐさま脳内の小粋なカフェに紀子を連れ込み、「え、その感じめっちゃわかる〜〜〜!」と、さも友人と語り合うかのようにガールズトークを繰り広げたい気分だった。

 

紀子は、平山家に嫁ぐが、夫は戦死してしまう。地方に住む義父・義母は子供たちに会うため東京に出てくるが、当の子供たちは、そんな両親を面倒くさがって雑に扱う。そんな中、唯一親切に対応していたのが、嫁である紀子であった。

義父・義母は地方に帰る時、「他人のあんたの方がよっぽど良くしてくれた。死んだ夫の事はどうか忘れて、あんたには幸せになってもらいたい」と紀子に告げる。その後の紀子のセリフが、上記の言葉であった。

 

紀子の本心はこうだった。

夫が戦死した事での孤独。そして疎外感。それらを必死に埋める為に、"出来すぎた嫁"を演じる事で、自分の存在意義を言い聞かせる。そのための親切心と優しさだった。どうやら自己欺瞞要素があるらしかった。

 

「私もね、似たような感じあるねん」とエセ関西弁を交えつつ、今度は私の話を紀子に聞いてもらうことにした。

 

私はどういうわけか、よく「優しいね」とか「意外と心広いよね」とか言って貰えることが多々ある。しかし、どうも素直に受け止められない。何なら私の本当のところを見透かされているような気がして、警戒してしまうことすらある。

優しさに関して言えば、嫌われる事への恐怖とか、人に良い気持ちになってもらいたいとか、自分のエゴから来るものなんだろうなというのは、自分の中では明白で、それについてはもう正直、そういう事なんです、と開き直りの境地に至っているのでここでは触れない。(申し訳ない、と一応何かに謝っておく)

 

人が私に「心広いね」という時、たいてい私の交友関係を見て言うらしかった。

私の友人には実に様々なタイプがいると思う。"まとも"に生きている奴もいれば、親には反対されてるんだよね…と言いながら腕に"罪"という文字の墨を入れた奴、学校に来ないなぁと思ってたらSMクラブのバイトを初めていた、なんて奴もいて、挙げればキリがない。

自分としてはいずれとしても大好きな奴らだから、毎度私はよく話を聞き、彼ら彼女らが私にしてくれたように、私もまた、彼ら彼女らを受け入れてきたつもりだ。

 

しかし、よくよく考えてみると、これも明らかに自分の為なのではないかという気がしてくる。

自分のどこかにある欲望。それを彼らは体現していて、そういう要素のある人と無意識的に仲良くなり、自分の人生に取り入れているのではないか。彼らを通して、自分がしたくても出来ない世界を覗き、自分もした気になっているのではないか。

そして彼らを受け入れることで間接的に、自分の見てはいけないと思ってた部分をしかと見つめ、受け入れようとしているのではないか、と。

 

心の広い、優しい人間になりたいものである。 

 

 

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